退職を決めたあと、最初に引っかかるのがこれでした。残っている有給を、全部使って辞められるのか。
調べると「会社は拒否できません」と書いてある記事がたくさん出てきます。ただ、その根拠まで書いてあるものは少なくて、しかも企業の人事向けに書かれたものが上位に並びます。
働く側が知りたいのは、断られたときに何を示せばいいか、そして結局いくらになるのかのほうだと思います。条文を原文で引きながら整理しました。
会社は断れません。条文にそう書いてあります
根拠は労働基準法39条5項です。1文目と2文目を分けて読むのが早道です。
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
労働基準法 第39条第5項(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
1文目が原則です。労働者が指定した時季に与えなければならない。会社に許可を出す権限がある、という書き方ではありません。
2文目のただし書が、会社に与えられた唯一の対抗手段です。ここが誤解されやすいところで、条文は「拒否できる」とは書いていません。「他の時季にこれを与えることができる」と書いてあります。
会社の権利は「拒否」ではなく「ずらす」
この権利を時季変更権といいます。休む日を別の日に移す権利であって、休ませない権利ではありません。
だから退職のときに問題が起きます。移す先の日が存在しないからです。退職日を過ぎれば雇用契約が終わっていて、そこに有給を置くことはできません。
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会社は「その日は困るから来月に」と言える(時季変更権)
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移す先の日が無い。ずらせないので、結果として断れない
「人手が足りない」「引き継ぎが終わっていない」は、ずらす先がある場合の理由にはなっても、ずらす先が無い状況を作り出す理由にはなりません。
違反したときの罰則は、いま「拘禁刑」です
39条違反には罰則があります。ここは検索して出てくる記事の多くが古いままなので、条文を引いておきます。
次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。 一 第三条、第四条、(中略)第三十九条(第七項を除く。)(中略)の規定に違反した者
労働基準法 第119条第1号(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
上位に出てくる記事はどれも「6か月以下の懲役」と書いていました。刑法改正で懲役と禁錮が拘禁刑に一本化され、条文はすでに「拘禁刑」に変わっています。意味が大きく変わるわけではありませんが、条文を引くときは現在の文言で引いたほうがいいです。
もうひとつ。39条7項だけは119条から外れています。7項は「年5日は会社が時季を指定して取らせなさい」という義務で、こちらの違反は120条の30万円以下の罰金のみです。拘禁刑はつきません。同じ39条でも扱いが違います。
残っている日数を、自分で数える
交渉の前に、まず何日あるかです。会社の管理簿を待たなくても、条文から計算できます。
出発点は39条1項。雇い入れから6か月続けて勤務し、全労働日の8割以上出勤していれば10日です。そこから1年ごとに加算されます。
| 勤続年数 | その年に付与される日数 |
|---|---|
| 6か月 | 10日 |
| 1年6か月 | 11日 |
| 2年6か月 | 12日 |
| 3年6か月 | 14日 |
| 4年6か月 | 16日 |
| 5年6か月 | 18日 |
| 6年6か月以上 | 20日 |
39条2項の表にある加算日数(1年目+1日、2年目+2日、3年目+4日、4年目+6日、5年目+8日、6年以上+10日)を10日に足した数字です。フルタイム勤務の場合で、週の所定労働日数が少ない人は3項で別に決まります。
繰り越せるのは前の年の分まで
使い切らなかった分は翌年に繰り越せます。ただし無期限ではありません。
この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
労働基準法 第115条(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
有給休暇の請求権は「賃金の請求権」ではないので、2年で時効です。つまり手元にあるのは今年の分と去年の分の合計まで。勤続7年なら20日+20日で最大40日という計算になります。
いくら払われるのか。実は3通りあります
ここが本題です。有給を1日取ったときにいくら払われるかは、会社が3つの方式のどれを選んでいるかで変わります。39条9項に並んでいます。
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直前3か月の賃金総額 ÷ その期間の総日数
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その日ふつうに働いたら支払われる額
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労使協定を結んでいる場合のみ選べる
どれを使うかは就業規則に書いてあります。自分で選ぶことはできません。
①と②で金額が変わるのは「割る数」が違うから
平均賃金の定義は12条にあります。
この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。
労働基準法 第12条第1項(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
注目すべきは「その期間の総日数」です。労働日数ではなく暦の日数で割ります。3か月なら約90日。休日も分母に入ります。
月給30万円・月の所定労働日数20日の人で並べてみます。
| 方式 | 計算 | 1日あたり |
|---|---|---|
| ① 平均賃金 | 90万円 ÷ 92日 | 約9,783円 |
| ② 通常の賃金 | 30万円 ÷ 20日 | 15,000円 |
同じ人・同じ1日でも、5,000円以上ちがいます。20日消化するなら10万円の差です。
12条1項には下限も定められていて、時給や日給で働く人は「賃金総額 ÷ 実労働日数 × 60%」を下回ってはいけないことになっています。とはいえ月給制の人は、平均賃金だと通常の賃金より低くなるのがふつうです。
「年次有給休暇」の項目に、賃金の計算方法が書いてあります
「平均賃金」「通常の賃金」「標準報酬月額」のどれかが出てきます
1日あたりの額 × 残日数。これが有給消化で受け取る金額です
その金額と代行費用を並べます。判断材料はここです
退職日を1日ずらすと、社会保険料が1か月分変わります
有給消化で退職日が後ろにずれるとき、月末にするかどうかで負担が変わります。有給そのものの話ではありません。資格をいつ失うかの話です。
健康保険も厚生年金も、資格を失うのは退職日の翌日です。
被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至った日の翌日(中略)から、被保険者の資格を喪失する。 二 その事業所に使用されなくなったとき。
健康保険法 第36条(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
そして保険料は、喪失した月の分を取りません。
前二項の規定にかかわらず、前月から引き続き被保険者である者がその資格を喪失した場合においては、その月分の保険料は、算定しない。
健康保険法 第156条第3項(e-Gov法令検索 2026年8月26日確認)
厚生年金も同じ考え方で、加入期間は「資格を取得した月から資格を喪失した月の前月まで」です(厚生年金保険法19条1項)。
| 退職日 | 資格喪失日 | その月の社会保険料 | その月は年金の加入月か |
|---|---|---|---|
| 8月30日 | 8月31日 | かからない | ならない |
| 8月31日(月末) | 9月1日 | かかる | なる |
1日違うだけで、8月分の健康保険料と厚生年金保険料が引かれるかどうかが変わります。
引かれるほうが損とはかぎりません
「保険料が引かれない30日退職のほうが得」に見えます。でも、退職の翌日から国民健康保険と国民年金に自分で入ることになります。
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8月分は厚生年金。会社が半分出す。8月が加入月として記録される
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8月分は国民年金。全額自己負担。国保にも8月分から入る
厚生年金の保険料は労使折半です。国民年金は全額自己負担で、将来の年金額に反映される仕組みも違います。月末退職のほうが有利になることが多いのは、この差があるからです。
買い取ってもらうことはできますか
「消化しきれないから買い取ってほしい」という相談をよく見ます。原則としてできません。
労働基準法では、「有給休暇を与えなければならない」と規定されており、金銭を支給しても与えたことにはなりません。また、買上げの予約をして請求できる年次有給休暇日数を減らしたり、請求された日数を与えないことはできません。
鹿児島労働局「年次有給休暇 Q8」(2026年8月26日確認)
「与える」のは休みであって、お金ではありません。あらかじめ買い上げる約束をして日数を減らすのは違法という整理です。法定を上回る日数を会社が独自に付けている場合は、その上乗せ分に限って別扱いになります。
退職時に残ってしまった分を会社が買い取ること自体を禁じる条文は見つけられませんでした。ただし買い取る義務を定めた条文も無いので、応じるかどうかは会社の判断です。
先に決める順番
今年の分+去年の分。給与明細か管理簿で確認します
就業規則で方式を確認して、残日数を掛けます
所定労働日で数えます。土日祝は消化に使いません
月末に着地させると社会保険の扱いが変わります
日程が固まってから伝えるほうが、話が動きます
順番が逆になると、退職日が先に決まってしまって消化しきれません。残日数と必要日数を出してから、退職日を置く。これだけで結果が変わります。
- 有給消化中に転職先で働けますか
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在籍中なので、就業規則の兼業規定がそのまま適用されます。二重に社会保険に入る形にもなりうるので、開始日は退職日の翌日以降にしておくのが無難です。
- 有給消化中でも失業手当はもらえますか
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もらえません。有給消化中はまだ在籍しているので、離職していない扱いです。ハローワークの手続きは退職日以降になります。
- 会社が「退職者に時季変更権を使う」と言ってきました
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時季変更権は休む日を別の日にずらす権利です(39条5項ただし書)。退職日より後にずらす先はないので、行使する余地がありません。条文をそのまま示すのが早いです。
- 就業規則が見当たりません
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労働基準法106条で、会社は就業規則を労働者に周知する義務があります。イントラや事務所の備え付けを確認して、無ければ請求できます。
- 残日数が会社の記録と食い違います
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2019年4月から、会社には年次有給休暇管理簿の作成と3年間の保存が義務づけられています。開示を求めて突き合わせてください。
- パートでも有給はありますか
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あります。週の所定労働日数に応じて日数が決まります(39条3項)。日数は少なくなりますが、消化できる権利は同じです。
この記事で見た条文
条文はすべて2026年8月26日にe-Gov法令検索で原文を確認しました。金額の例は計算方法を示すためのもので、実際の額は就業規則と給与額で変わります。
わたし自身はまだ退職していません。ここに書いたのは、辞めるときに何を確認すべきかを条文から整理したものです。判断そのものは書きません。
