退職代行を使うと、退職金を減らされるのではないか。そう心配して調べる人は多い。検索して出てくるのは、退職代行の会社と法律事務所の記事ばかりだ。では、受け取る側の会社は、実際に何をしているのか。
僕は採用担当を2年やった。採るほうだけでなく、辞める連絡を受ける側にもいた。退職代行から電話が来たときに、社内で何が起きるかを見ている。先に結論を書くと、退職金を減らそうという話が最初に出たことは一度もなかった。
この記事は、条文と、会社側の実務の両方から書く。法令はすべて原文で確認した。
※ 広告を含みます。法令は e-Gov 法令検索の原文を2026年9月10日に確認しました。個別の事案の判断は労働基準監督署・弁護士にご相談ください。
先に条文。請求があれば7日以内
労働基準法23条1項が、退職時のお金の期限を決めている。
注意する語が1つある。「請求があつた場合においては」。黙っていても7日で振り込まれるわけではない。請求して、そこから7日だ。退職代行を使うかどうかにかかわらず、この構造は変わらない。
そして2項に、もっと効く一文がある。
つまり、金額でもめていても会社が争っていない部分は7日以内に払わなければならない。「話がまとまるまで全額止める」は、条文の側から見て通らない。ここを知っているかどうかで、催促の仕方が変わる。
その退職金は「賃金」に当たるか。ここで扱いが分かれる
23条が守ってくれるのは賃金と金品だ。では退職金は賃金なのか? これは会社によって答えが違う。
判断の分かれ目は、支給の条件が決まっているかどうかだ。
| 状態 | 扱い | |
|---|---|---|
| 就業規則・退職金規程に、支給対象と計算方法が書いてある | 会社に支払う義務が生じている | 賃金に当たる。23条の7日が効く |
| 規程が無く、社長の裁量で出すことがある | 支払う義務が無い | 恩恵的な給付。請求権として主張しにくい |
だから最初にやることは1つ。退職金規程を手に入れる。就業規則の本体とは別ファイルになっていることが多い。労働基準法106条で、就業規則は労働者に周知する義務がある。社内のイントラか、総務に請求すれば出てくる。
在職中に取っておくほうが早い。辞めたあとだと、そこから頼むことになる。退職代行を使うと決めた日に、まずこれを保存する。
会社側は、退職代行から連絡が来ると何をするか
受ける側にいた立場で書く。だいたいこの順番で動く。
代行から連絡が来た時点では、社員本人の意思かどうかが分からない。だから最初は確認から始まる
現場は驚くが、総務は慣れている。年に何件も受けている会社は珍しくない
郵送か、代行経由か。ここは事務手続き
いちばん時間を取られるのがここ。PC・スマホ・入館証
給与計算の締め日に乗せる。ここで退職金規程を見る
5つのうち、会社がいちばん困るのは4つめだった。退職金の話は、規程どおりに計算するだけの作業だ。感情が入る余地が少ない。会社が怒っているとしたら、それは引き継ぎと貸与品についてだった。
だから、退職代行を使う人が先にやると得なことがある。貸与品を、連絡と同時に発送してしまうこと。返却が済んでいると、会社側でこじれる材料が1つ減る。追跡番号を控えておく。
「退職代行を使ったから減額」は、規程に書けない
退職金規程には、減額や不支給の条項があることが多い。よくあるのは2つだ。
- 懲戒解雇のときは支給しない — ほとんどの規程にある
- 自己都合と会社都合で支給率が違う — 自己都合は7割、といった書き方
退職代行を使った退職は、自己都合の退職だ。だから自己都合の支給率が適用される。これは規程どおりで、代行を使ったことへの罰ではない。使わずに自分で退職届を出しても同じ率になる。
では「代行を使ったこと」自体を理由に減らせるか。そういう条項を規程に書いている会社を、僕は見たことがない。書いたところで、退職の意思表示を第三者に伝えてもらうこと自体は、労働者の権利の行使を妨げるものにはならない。退職の自由は民法627条にある。
現実に起きるのは、減額とは別のことだ。手続きが止まる。連絡が取れないので離職票が遅れる、源泉徴収票が届かない。減額を心配するより、こちらのほうが実害が出やすい。
代行の3種類で、退職金の話をどこまでできるか
ここが実務でいちばん効く。できることの差は、法律で決まっている。2つの条文を並べる。
この2つから、できることが割れる。
| やりたいこと | 民間の代行 | 労働組合 | 弁護士 |
|---|---|---|---|
| 退職の意思を会社に伝える | ○ | ○ | ○ |
| 退職金の支給日を確認してもらう | ○(事務連絡の範囲) | ○ | ○ |
| 退職金の金額について会社と協議する | × | ○ | ○ |
| 未払いの退職金を請求する・争う | × | × | ○ |
| 訴訟・労働審判になったとき | × | × | ○ |
民間の業者が金額の交渉をすると、弁護士法72条に触れる。だから、金額でもめる可能性があるなら、最初から労働組合型か弁護士型を選ぶ。途中で乗り換えると、費用が二重にかかる。
規程どおりに支払われるだけなら、民間の業者でも足りる。もめる材料があるかどうかは、退職金規程を読めば先に分かる。だから規程の確認が先だ。
各社の運営形態と料金は、5社を並べた記事にまとめてあります。労働組合型か弁護士型かは、公式サイトの表記で確認できます。
請求のしかた。7日を数える起点を作る
23条の7日は、請求した日から数える。だから請求した事実を残すことが要る。口頭では起点が曖昧になる。
- 書面かメールで請求する — 退職金・最終給与・未消化有給の精算を、項目ごとに書く
- 日付を入れる — 7日の起算日になる
- 送った記録を残す — メールなら送信済みフォルダ、郵送なら特定記録か簡易書留
- 代行に依頼する場合は、誰の名前で出すかを確認する — 本人名義で出すのが基本
退職代行を使っていても、請求そのものは本人名義で出せる。代行に窓口を任せるかどうかと、請求の名義は別の話だ。
会社が払わないとき。時効は5年ある
慌てなくていい理由が、条文にある。
ここを取り違えている記事は多い。通常の賃金は当分の間3年。退職金だけは5年のままだ。読み替えの対象から外れている。
払われないときの手は3つある。順に重くなる。
| 手段 | 費用 | 向く場面 |
|---|---|---|
| 労働基準監督署に申告 | 無料 | 23条の期限を過ぎている。会社が支払い自体を止めている |
| 支払督促(簡易裁判所) | 手数料は請求額に応じて。訴訟の半額 | 金額に争いが無い。相手が出てこない可能性がある |
| 労働審判・訴訟 | 弁護士費用がかかる | 金額そのものに争いがある。減額の当否を争う |
監督署は、23条違反という形で動ける。ただし金額の争いそのものを裁いてくれるわけではない。「払わない」と「金額が違う」は、行き先が別になる。
退職金から引かれるもの。住民税は条文に書いてある
退職金は、額面がそのまま振り込まれるわけではない。所得税と住民税が引かれる。そして、住民税には退職の時期で扱いが変わる仕組みがある。
条文に「給与又は退職手当等の支払をする際」と書いてある。つまり、住民税の残りを退職金から引くことは、条文が想定している。2月に辞めると、退職金の手取りがここで目減りする。
僕は2月に退職した人の精算を見たことがある。額面と振込額が合わないと問い合わせが来る。答えはたいてい、この一括徴収だった。減らされたわけではない。先に払っただけだ。その年に払う総額は変わらない。
もう1つ、社会保険料も引かれる。月末に退職すると、その月の分まで引かれるため、最後の給与から2か月分が引かれて見えることがある。これも計算どおりで、取り過ぎではない。退職日を月末にするか前日にするかで変わる部分だ。
貸与品を返さないと退職金から引かれるのか
会社側で決まって話題になるのが貸与品だ。PC、スマホ、入館証、制服。返ってこないとき、給与や退職金から引けるのか。
つまり、会社が勝手に「PCが返ってこないから10万円引く」とはできない。相殺には根拠が要る。ここを知らずに引かれて、そのままにしている人はいると思う。
ただ、これを盾にする話でもない。返すものを返さないと、離職票や源泉徴収票の発行が現場で止まりやすい。条文の上では別の話でも、実務では同じ担当者が両方を扱っている。先に送ってしまうのが早い。
残った有給は、買い取ってもらえるのか
退職金と一緒に気になるのが、使い切れなかった有給だ。買い取りに、法律上の義務は無い。労働基準法に「買取」「買上」という語は1つも出てこない。原文を検索して確認した。
ただ、退職時に限っては交渉の余地がある。もう使わせられない日数だからだ。僕は自分が退職するとき、会社に買い取りの制度が無い状態から交渉した。退職日ギリギリまで働く代わりに、残っていた40日を最低賃金でいいから買い取ってほしい、と自分から提案した。結果は392,000円だった。
このとき効いたのは、会社側にとって引き継ぎ期間が延びることだった。有給を全部消化されると、その日から出社しない。買い取れば最後まで働く。会社にとって損だけの話ではない。
退職代行を使う場合、この交渉ができるのは労働組合型と弁護士型だけだ。民間の業者は、金額の交渉に入れない。弁護士法72条の線がここにも出てくる。
有給を消化するか、買い取りを交渉するか。金額の出し方は別の記事に実額で書きました。
よくある質問
- 退職代行を使うと退職金は減りますか
-
退職代行を使ったこと自体を理由に減額する条項を、僕は見たことがありません。自己都合退職の支給率が適用されるのは、自分で退職届を出した場合と同じです。
- 退職金はいつ振り込まれますか
-
労働基準法23条1項では、請求があってから7日以内です。ただし退職金規程で「退職後◯か月以内」と定めている会社もあり、実務ではそちらで運用されていることがあります。まず規程を確認してください。
- 退職金規程が見当たりません
-
就業規則は労働者に周知する義務があります(労働基準法106条)。総務に請求してください。規程そのものが無い場合、退職金は恩恵的な給付として扱われ、請求権として主張しにくくなります。
- 民間の退職代行に、退職金の交渉を頼めますか
-
金額の交渉は弁護士法72条に触れます。支給日の確認など事務連絡の範囲は頼めますが、金額でもめる見込みがあるなら労働組合型か弁護士型を選んでください。
- 会社から損害賠償すると言われました
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この話が出たら弁護士型に切り替えてください。労働組合型でも損害賠償の話には対応できません。実際に請求が通ることは多くありませんが、対応する窓口は必要です。
- 退職金の時効はいつまでですか
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退職手当の請求権は5年です(労働基準法115条、附則143条3項)。通常の賃金は当分の間3年に短縮されていますが、退職金はその対象外です。
- 源泉徴収票や離職票が届きません
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退職金には源泉徴収票が別に出ます。届かないと確定申告で困ります。催促の連絡は代行が窓口として代われるので、依頼時に伝えておいてください。
この記事で確認した資料
退職金の税金と、代行5社の料金は別の記事にまとめてあります。あわせて読むと、手取りまで見えます。